ッピーエンドである


たとえばDVを受けている人に、
「逃げ出したらいいじゃない」とコメントを言ったとしても、
逃げ出せるものなら、とっくに逃げ出している。
逃げ出せないところに問題があるのだ。

自分はどうもなかったから、うまくいっているからと、自分と同じ目線でモノを言う人は、強者の目線だそうだ。
「こうすればいいじゃない」
しゃーしゃーと言ってのける、強者。
じつに、無神経で恥ずかしくもある。
したくても、できない、その現状なり原因なり背景なり、そこが問題なのに。




さて、前述の、お姑さんに嘆く女性。
彼女は、その被害を避けることはできなかったのか?
夫はなにをしている?

そもそも結婚するときに、
「あのお母さんは、たいへんだから、やめたほうかいい」と、人からアドバイスを受けていたそうだ。
それでも、努力でどうにでもする、と豪語し、突き進んだ。
しかし、やはりたいへんだった。
子供が小さい頃、離婚しようかと考えたが、夫がいっしょに家を出てくれた。
(ふつうに言うと、核家族になって親と別居)

が、舅が亡くなり、また同居に戻った。
姑と諍いのせいもあり、子供たちも親の顔色を見るようになったのだろう。
教育はうまくいかなかった。
姑が亡くなった後も、うまくいかなかったのは、あの姑のせいだ、と言われ続けている。


この人生コースを選んだのは、当の本人である。
結婚の時に、「難あり」、というアドバイスを無視して、困難なほうをわざわざ選んだ。
自分で犯した過ちは、軌道修正するなり、自分で始末するしかない。
苦し紛れに、もがいた頃もあった。
今はご主人と、とても幸せな毎日だと思う。
山あり、谷あり、で、結果的にはハ、とわたしは思う。

確かに、あの姑さんでは気の毒であるが、姑を含めて、道を選んだのは、彼女である。
そのことは、考えたこともなく、
そういう考え方があるということも知らず、考えようともしないで、
ぜったいに、ひとのせいにする。
自分は悪役にはなりたくない、悪と闘わない、
弱弱しく、哀しい、多くの同情を集める、悲劇のヒロインである。

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